domination
今回の記事で、4つ目。
単刀直入に、暇を持て余してます。
今まで、アルバイトと学校の日々で毎日追われていた。
そんな日々も終焉を迎え、ただのニートに。
やりたい事、やらないといけない事はあるが息抜きに文字を書くと良い息抜きになる。
忙しい日々を迎えるまでは暇な時間がとても大事で、趣味に没頭していた気がする。
没頭しすぎて何をしていたのか忘れた。
とりあえず行きつけの居酒屋に通い人と交流をしながらアルコールを嗜むという生活を今は送っている。
誰かおすすめの趣味があれば是非教えてください!
話は本題に。
domination、支配とか服従という意味だ。
SMクラブの女王様は通称ドミナと言われる。
らしい、残念ながらSMクラブに行ったことはない。
僕は風俗が好きだった。セックスが好きというのではなかったが何故か好きだった。
多分、救いを求めていたのだろう。
日常に飽き、非日常を求め刺激を欲する。
飽き性なんでしょうね。
仕事も長く続かず、恋人もまた然り。
自分で自分が嫌になりますね…。
そんな自分が愛おしかったりするけれども。
皆さんが思うSMってどういうイメージでしょうか。
痛いとか怖いとか、そういう畏怖が真っ先にくる人が多いのでは?と勝手に思ったり。
僕は痛いのは好きではないけど嫌いでもない。
なので、そこに非日常をただただ想像した。
dominationがいる限り、それに従うmasochismがいる。
所謂、マゾだ。
僕にはマゾの気持ちは正直わからない、だが想像はできる。
一種の宗教なんじゃないかと。
崇拝対象にひたすら救いを求める。
それが痛みであろうと恐怖であろうと、何かを与えてくれる存在についていく。
自分の行いに道しるべを与えてくれるって楽になりますよね。
無宗教のこの国、誰を信じ崇拝すればいいかわからない。
そんな時身近に崇拝対象が現れれば崇拝したくもなるでしょう。
それがキリストであってもブッタであっても、女王様であっても。
彼女とは半同棲生活を謳歌(多分僕が勝手に謳歌している)しているので、SMプレイに馴染みがない訳ではない。
皆が思うに、緊縛や蝋燭などのプレイだ。
緊縛に関して割と好きで、最近は自分から懇願することもしばしば。
常に自由に生きている中で誰かに支配されるというのは非日常そのものだ。
それが愛する人ならばなおさら。
彼女以外の人に縛られたりしたら怒るかもしれませんね。
だからこそ彼女のマゾにはならない。そして彼女もまた、僕の前ではドミナにはならない。
性格的な部分ではSとMであるのかもしれないけれども。
人と人との相性はとても大事だと思う。
この相性がなかなか上手くいかない人が崇拝対象を作りだしてしまうのでは?と。
僕は人付き合いが下手ではないので、崇拝対象を生み出す事はないだろうと今は思っています。
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